衿川・九老・私たちの町の記憶
私たちの町が、ここにあった
バスが通った大通り、夕方に帰った路地。あまりに日常で、記録写真になるとは思わなかった風景。百枚の写真をたどり、覚えている町へゆっくり歩いていきます。
最初の路地へ1960年代 · 土の道の先にも家がありました
低い軒と畑の脇の道。昔の都市の姿の中に、家を建て、町をつくっていた人々の居場所を見ます。
瓦屋根の家に集う人々
瓦屋根の下に人が集まっています。家そのものより、その前で出会った顔が先に懐かしくなることがあります。
街路樹のある始興洞の道
街路樹に沿って家と道が並びます。日陰を選んで歩いた夏の日の足取りが浮かびます。
畑の小道を行く人々
畑の脇の細い道を、人々が行きます。遠回りをしても、見知らぬ場所とは感じない道がありました。
低い屋根と土の道
低い屋根の間に土の道が続きます。町が高くなっても、家へ帰る道の感覚は長く残るものです。
工場の門と煙突
工場の門の向こうに煙突が立っています。ここを行き来した幾多の一日を思うと、風景が少し違って見えます。
新しい家の間の土の道
家の間の道はまだ土のままです。ここをわが家と呼びたい気持ちは、工事が終わるより先に届いていたのでしょうか。
軒が並ぶ家々
似た軒が長く続いています。同じ形の家でも、その扉の内側にある一日は、それぞれ違っていたのでしょう。
九老洞の仮設住宅
小さな仮設住宅が細い道に沿って並びます。住まいが仮のものであっても、そこで営まれた暮らしは確かなものでした。
始興洞の家々と子どもたち
家が密集する斜面の下に、子どもたちが集まっています。この路地は、あの子たちにはどれほど広い世界だったのでしょう。
広がってゆく始興洞の道
広げられてゆく土の道の両側に、店と家が並びます。道が変わる間にも、町の一日は続いていました。
1970年代 · 仕事場のそばで育った町
工場が建ち、橋が架かり、路地の舗装が始まります。大きく変わる風景の中にも、一日一日の暮らしがありました。
禿山洞の市場に集まる人々
市場の前は人でいっぱいです。買い物について行き、大人の手をぎゅっと握った記憶が重なります。
地下道へ向かうバス
昔のバスが地下道へ向かっています。その形だけで、忘れていた停留所を思い出すことがあります。
工業団地の街角
大きな看板の下を人々が行き交います。町を思い出す目は、建物より先に見覚えのある文字を見つけます。
新道林洞の路地の一日
路地の舗装を記念して、近所の人が集まりました。毎日踏む道が、町の大きな話題になった日です。
高尺洞の家々と山裾
家々のすぐ後ろに山裾が見えます。見上げればいつもあった山が、今は昔の町を見つける目印になります。
高尺橋と川
橋が川の上へ伸びています。向こう岸を少し近くする道も、誰かの日々の暮らしにつながっていたのでしょう。
空から見た九老工業団地
空から見ると、工場は整然とした区画に見えます。地上では、その一つひとつを人々の一日が満たしていたのでしょう。
鉄山橋が架かる前
川辺に工事の機械が立っています。まだ橋のないこの風景を経て、見慣れた道ができていきました。
堤防脇の村
堤防の工事の向こうに家が見えます。遠くからは小さくても、一軒一軒が誰かの帰る場所でした。
始興洞の広場に集う人々
福祉館の前庭に人が集まっています。服の色まで眺めていると、古い集合写真を取り出したような気持ちになります。
1980年代 · 同じ路地で、ともに
幼児園の前の子どもたち、一緒に道を片づける近所の人々。建物の間に残る人の姿から、町の温かさを感じます。
新庁舎の玄関
新庁舎の玄関には完成を祝う文字が掛かっています。今では古い建物にも、初めて扉を開いた一日がありました。
寄宿舎の前に集まる人々
寄宿舎の前に人々が並んでいます。窓にともる明かりを思うと、大きな建物も小さな暮らしの集まりに見えます。
丘の上の建物の窓
山を背にした建物に窓が並びます。一日を終えて戻った人の目に、窓の外はどう映ったのでしょう。
幼児園の前の子どもたち
幼児園の前に子どもたちが立っています。小さかったのは私たちだけでなく、当時知っていた世界もそうでした。
工業団地の街角の子どもたち
大きな建物の角に子どもがいます。大人には仕事へ向かう道でも、子どもには遊びの途中の場所だったのかもしれません。
昔の九老工団駅ホーム
ホームには今とは違う駅名が残っています。名前が変わっても、そこで待った時間まで消えるわけではありません。
航洞の幼児園の入口
幼児園の名前がガラス戸の上に見えます。こんな入口で、小さな手を初めて離した気持ちを覚えている方もいるでしょう。
町の読書室
町の読書室の窓が静かに並びます。本のページをめくった夜が、これに似た建物に残っていないでしょうか。
水害のあと、道を掃く人々
水害のあとの道を人々が掃いています。再び歩ける町を取り戻す仕事は、こうした手から始まりました。
路地の復旧作業
路地の泥を片づける姿が写っています。一枚の写真だけでは、その日の疲れのすべては分かりません。
力を合わせて片づける道
シャベルや荷車が通りに出ています。いつもの道を取り戻すまで、やらなければならないことがたくさんありました。
水害を受けた家々
傷ついた家々が写真に残っています。場所を覚えておくことには、そこで耐えた時間を忘れない気持ちも含まれます。
店先に集まる人々
苦しい日々、店の看板の下に人が集まっています。建物よりも、人と人の近さが目に留まります。
水害に遭った人を支える近所の人々
建物の前の天幕の下で、助ける手が動いています。町という言葉には、建物だけでないものが含まれています。
集まりの向こうに見える町
集まった人々の後ろに家が広がります。年月がたつと、行事の背景だった家々が写真の主役のように見えます。
土山のそばの子どもたち
大人の集まりの脇で、子どもが土山をのぞいています。私たちにも、大人の行事より面白い小さな世界がありました。
開通当時の西部幹線道路
新しい道に開通の横断幕が掛かっています。何度も通った道にも、初めて通った日がありました。
新しい道に沿う花々
新しい道路の脇に花が続きます。窓の外を過ぎた小さな色が、思いのほか長く記憶に残ります。
九老の街角での出会い
人々の後ろに商店の看板が重なります。顔を知らなくても、あの文字や建物なら分かる人がいるはずです。
区民会館と広場
区民会館の広場へ人が集まります。同じ入口を通っても、それぞれ違う日の記憶を持ち帰る場所があります。
1990年代 · このバス、この看板、この道
見覚えのある車や店の名前が現れます。過ぎた時間を実感させるのは、意外に小さなものです。
梧柳洞駅近くの京仁路
高い場所から見下ろす道に車が続きます。見慣れた道を違う高さから見ると、忘れていた町の広さが見えてきます。
高尺洞の低い家々
曲がった道の向こうに低い家が集まっています。整った地図だけでは伝わらない、町の表情が見えます。
梧柳洞駅近くの大通り
広い道と古い建物が向かい合っています。道は見覚えがあるのに車や看板が違い、もう一度年代を確かめたくなります。
車と看板の並ぶ京仁路
道の先まで車と看板が並んでいます。今ではあまり見ない車の間で、昔の通りがまた動き出すようです。
高尺洞の屋根と遠くの山
低い屋根の後ろにマンションと山が重なります。違う速さで流れる時間が、一つの町に並んでいます。
南部循環路沿いの店々
大通りに店が続いています。バスの窓から読んでは忘れた看板が、ふと懐かしい知り合いのように感じられます。
工具商店街の前の車たち
工具商店街の前に見覚えのある形の車が止まっています。店よりも先に車から思い出が開く方もいるでしょう。
新道林洞を望む歩道橋
歩道橋の手すりが長い影を落としています。階段を上りきり、ひと息ついた瞬間まで思い出す道です。
工具商店街の路地
店の間の道へ小さな車が入ります。遠くからは商店街でも、近くでは数多くの仕事場の入口です。
九老駅と百貨店の周辺
駅と百貨店の周りにバスが並んでいます。誰かに会いに出かけた日の胸の高鳴りが、こんな風景に残ることもあります。
高架鉄道の下の道林川
高架鉄道の下に川が続きます。上を走る道と下を流れる時間が、一枚の写真に重なっています。
昔の九老駅交差点
交差点の角に昔の看板が見えます。待ち合わせ場所を説明するとき、口にした名前はないでしょうか。
新道林洞方面の古い屋根
低い屋根の向こうに新しい建物が見えます。変わりゆく通りの中にも、古い町の輪郭が残っています。
京仁路を走る昔のバス
昔の市内バスが道の真ん中を通っています。窓の形や車体の色だけで、乗り降りした感覚が戻ってきます。
九老3洞の学校と家々
学校と家が近くに集まっています。大人になって見下ろすと、あんなに長かった通学路が意外に短く見えます。
新道林駅へ続く道と鉄道
道路と高架鉄道が並んで伸びています。毎日通りながら見ていなかった風景を、今はゆっくり眺められます。
工業団地の交差点のオートバイ
オートバイとトラックが工業団地の交差点を通ります。大きな工場の歴史の間には、こうした忙しい小さな往来がありました。
第2工業団地脇の線路
線路の脇に車が並んでいます。同じ方向へ伸びる道も、それぞれ違う一日を運んでいます。
昔の駅のそばの工場
工場前の道を車が通ります。駅から仕事場へ歩いた道を覚えている人には、小さな角も見覚えがあるでしょう。
工場の庭
工場の庭に車がまばらに止まっています。産業の大きな名前より、一日を過ごした場所の形が長く残ることもあります。
九老洞から見た工場の建物
工場と庭が一望できます。この高い場所からの眺めの下を、どれほど多くの足取りが行き交ったのでしょう。
ソウルの境のヘテ像
始興大路のヘテ像が道を見つめています。ソウルへ入る瞬間を、この石の顔で覚えている方もいるかもしれません。
始興大路の街路樹
車が街路樹の脇を通ります。急いで通り過ぎた道も、写真の中ではゆっくり眺めることができます。
始興大路を埋める車たち
始興大路を車が埋めています。当時はもどかしかった道も、年月のあとには戻ってみたい風景になるものです。
家々の間の細い路地
家と家の間に細い道が続きます。考えるより先に体が曲がる方向を覚えている路地が、誰にでもあるのではないでしょうか。
工場とマンションが並ぶ風景
工場の屋根の向こうにマンションが立っています。働く場所と住む場所が近い風景の中で、町は育っていきました。
外壁に並ぶ電気メーター
壁に電気メーターが並んでいます。数字は一列でも、その先の部屋にともった一日はそれぞれ違ったのでしょう。
再開発前の屋根たち
低い屋根が寄り添うように密集しています。遠くからは一つに見えても、暮らした人には一軒ずつ分かる風景です。
薬局と町の店
薬局や店の看板が路地に並びます。住所より近所の店の名前で道を教えていた記憶が浮かびます。
碧山マンションが建つ場所
山裾でマンションの工事が進んでいます。見慣れた家ができる前の場所を見ると、自分の記憶より前にも時間があったと感じます。
2000年代 · 変わる通りにも暮らしは続いて
高くなった建物のそばに古い店が残っています。昨日のように感じる写真の中でも、町は少しずつ変わっていました。
宮洞の学校と家々
学校の周りに家や店が続きます。校門の外の風景も、年月のあとには学生時代の一ページになります。
宮洞の学校前の横断歩道
学校の前に横断歩道が伸びています。何も考えず渡った日々でも、その道は長く心に残っています。
工具店の店先に並ぶ品々
店先に品物が隙間なく並んでいます。誰かには見知らぬ部品でも、誰かには長年親しんだ仕事の言葉だったのでしょう。
低い塀の間の道
低い塀の間に、人が通れる細い道があります。大通りからは見えない、暮らしへの入口です。
工具商店街の仕事の路地
向かい合う店の間を道が奥へ続きます。品物を探して通ううち、道の形まで覚える町があります。
禿山洞の市場の外
市場の外で、店と道が接しています。写真に音はなくても、市場という言葉だけで浮かぶにぎわいがあります。
店先で働く人々
道に並べた品物のそばで人が働いています。古い通りの表情は、建物だけでなく、その前で働いた人にも残っています。
九老洞の路地で遊ぶ子どもたち
路地の真ん中に子どもたちが集まっています。特別な場所へ行かなくても、家の前で一日が過ぎた頃を思い出します。
宮洞の住宅街に積もる雪
車や木に雪が積もっています。いつもの町が、一晩で初めて見る場所のように変わる朝です。
九老本洞の屋上と小さな家々
屋上に小さな物が置かれています。屋根の上まで暮らしが続いていた家々の姿が、親しみを感じさせます。
高尺洞の曲がりくねった道
家の間を道が曲がりくねって続きます。近道を知っているだけで、町の一員になった気がしたことがありました。
銀杏の木交差点の緑のバス
緑のバスが交差点を通ります。今もなじみのある色だからこそ、この風景もずいぶん昔なのだと驚きます。
始興洞の交差点の店々
交差点の角ごとに店があります。何気なく見ていた看板も、なくなったあとには心の中の道しるべになります。
軍用地前の始興大路
軍用地の前の始興大路を車が流れます。変わる前の広い場所を見て、当時の町の境をたどり直します。
加山洞のファッション街
マリオアウトレットや大きな建物が通りに並びます。工場の町の記憶に、買い物へ出かけた記憶が重なります。
雪の積もる道林川
雪の川辺の向こうにマンションが立っています。都市の中にも冬の静けさが降りた瞬間が残っています。
高尺洞の赤いれんが
赤れんがの教会が坂の脇に立っています。信仰にかかわらず、町を説明するときに思い浮かぶ建物があります。
第2工業団地の入口
工業団地の大きな入口の下へ道が開いています。町の顔が変わる間も、道は人々を迎え続けました。
加山を通る線路
線路の両側に高い建物が立っています。町が変わっても、線路を頼りに方向を確かめる癖は残っているかもしれません。
工具商店街の角
角の店の前まで品物が並んでいます。遠くへ出かけたあとも、見慣れた店を見るとようやく帰った気がします。
九老本洞の重なる屋根
低い屋根と高いマンションが画面を埋めます。たくさんの窓の中から、知っていた家を探したくなります。
九老のネクタイマラソン
ネクタイをした人々が通りを走ります。仕事へ向かう道が、ひととき笑顔で走る道になった場面です。
始興流通商街の小さな店
店の前に品物と運搬車があります。通り過ぎてしまいそうな店にも、長く重ねられた仕事の手が感じられます。
銀杏の木交差点を渡るオートバイ
一台のオートバイが見慣れた交差点を渡ります。写真は大きな出来事より、こうした一瞬を長く留めることもあります。
衿川区庁の前を歩く人々
新しい区庁舎の前を人が歩きます。大きな建物の新しさの隣でも、町の一日はいつもの歩幅で続いています。
軍人住宅前の小道
マンションと低い建物の間に道が見えます。塀や木、角の小さな配置が、家の近くの記憶を呼び起こします。
禿山洞の市場前の道
市場の看板の下を人が通ります。変わったものを数えていても、続いている暮らしに出会うと少しほっとします。
夕暮れの始興流通商街
低い建物の上で日が傾いています。昔の一日も今と同じように暮れ、誰かがあの道を家へ向かったのでしょう。
建物と荷物を運ぶ車
商店の前に貨物車が一台止まっています。大きな変化の年表では小さくても、一日を支えていた風景です。
見慣れた建物の間の道
建物の間の道は写真の外へ続きます。百枚をたどった先も、やはり道でした。覚えている家は、どちらの方にありましたか。
写真と記録について
衿川区庁・九老区庁、ソウル歴史博物館、ソウル記録院、韓国国家記録院、ソウル研究データサービスの公開資料から選んだ記録写真100枚です。1960年代10枚、1970年代10枚、1980年代20枚、1990年代30枚、2000年代30枚で構成し、最も新しい撮影年は2009年です。
写真の横の短文は、風景から浮かんだ思いを綴ったものです。写っている人の実際の発言や個人の体験を再構成した文章ではありません。
撮影時期は機関の記録と写真の原題に基づきます。正確な年が不明な場合は年代を表示しています。当時の地名や行政区画は現在と異なる場合があります。西部幹線道路の2枚は正確な撮影地点が記録されておらず、個別の説明に明記しています。
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